宝厳寺探訪(もちの木)

もちの木

この木は、1602年(慶長7年)、豊臣秀頼の命を受け、普請奉行の片桐且元が観音堂、唐門、渡廊下を移築したときに、記念にお手植えされたものです。
片桐且元は豊臣秀頼の後見役です。
賎ヶ岳合戦で七本槍の一人として名をあげ、秀吉のもとで検地・作業奉行として活躍されました。
その移築時の時代背景としまして、秀吉公亡き後に家康公により豊臣色を薄める政策がとられ、その一連の流れのなかで、豊国廟の縮小を余儀なくされました秀頼公は、その遺構を残すべく片桐且元に移築の命を与えたのであります。そのご縁で当寺にお手植えの木が残されております。