住職ブログ

終末医療と尊厳について私の考え Vol.3

2012年12月23日

母の事についていろいろ書いてまいりました。もう随分前の事になりますが、ある大先輩のお坊さんに長岡西病院のビハーラ病棟というところへ連れて行ってもらったことがあります。この病棟はホスピス緩和ケアを目的とした専門病棟で、末期の悪性腫瘍など治癒困難な患者さんが「痛みやその他の苦痛となる症状を緩和する」、「生命を尊重し、死を自然なことと認める」、「無理な延命や意図的に死を招くことをしない」を病棟の基本方針として、限りある生命であり その余命の短さを知らされた人が、静かに自身を見つめ、また温かく見守られる場所を作るという理念で設立されたと伺ったのを覚えています。私が確か、この病院に訪れたのは、「がんの告知」が話題になっていたときで、何が何でも告知するのが正しいことだ、結果的の本人の為になることだ という風潮が強かった時代です。しかし、この病棟での平均入院日数を聞いてそのあまりの短さに驚いたのを覚えています。病棟の先生にお聞きしたところ、この病棟は本人が不治である病状を理解し本人の同意で入院されるのが原則だと事。したがって、自分でその状況を理解し心の整理をして入院されるまでに時間がかかるために入院日数が短くなってしまうのだとのことでした。人は現実を受け入れるのに時間がかかるものであり、その長さも個人個人で大きく差が出るものですとその先生はおっしゃいました。この終末医療は、一律の基準で判断するものではなく、その人その人に合ったケアが必要であるということをこの訪問した時に強く教わったように思います。

このがん告知が強く叫ばれた時も、今回のように尊厳死(今の尊厳死議論は医療費不足からくるところによる議論が強いように思えて納得できない)が叫ばれるときも、一律の基準で縛ろうというのは大変愚かな事であると思うのです。大切なのは一人一人の状況にあった判断がなされるところに、本当の尊厳死の基準があるのではないかと思います。

3回に渡って勝手なことを述べ、申し訳ございませんでした。