国宝宝厳寺唐門ほか3棟保存修理事業

 宝厳寺唐門、観音堂、渡廊(高屋根)、渡廊(低屋根)の4棟全ての屋根檜皮葺は昭和47年度に葺き替えられ、その後、41年を経過したことから、屋根全面に苔の繁茂が見られ、経年による腐朽が屋根全体におよび、平葺は既に耐用年限に達し、軒付は部分的に雨水が廻って腐朽しています。
 また、唐門、観音堂の彩色は剥落、退色が甚だしく、4棟全ての漆塗りも剥落、退色が甚だしい状態です。飾金具についても金箔が退色している状況です。
 このため、平成25年度から平成30年度までの6ヶ年継続事業の予定で、宝厳寺唐門、観音堂、渡廊(舟廊下)における 屋根葺(檜皮葺)の葺き替え、彩色・漆塗の塗り直し、および飾金具の金箔の押し直しを主な内容とした、保存修理事業を実施することとなりました。
 この事業は国(文化庁)・滋賀県・長浜市の補助を受けて実施しています。
 彫刻や漆塗、金箔の修繕を行い、以前の色合いなどを再現していきます。皆様のご協力、よろしくお願いいたします。
   

唐門ほか3棟保存修理事業

平成25年6月1日
から
平成31年3月31日
(事業期間70ヶ月)

唐門ほか 3棟保存修理事業について

  • 唐門
  • 観音堂
  • 渡廊
事業期間 平成25年6月1日~平成31年3月31日(事業期間70ヶ月)
主な修理内容 (1)屋根(檜皮葺)葺替修理
前回の屋根葺替修理から41年余りが経過し、屋根全面に苔の繁茂が見られ、経年による腐朽が屋根全体におよび、平葺は既に耐用年限に達していることから、国宝唐門、重要文化財観音堂、渡廊(高屋根、低屋根)の4棟全ての軒付の腐朽部分と平葺を葺き替える屋根葺替修理を行います。

(2)彩色修理
天井、組物、彫刻等の彩色は、状態の良い部分については洗浄の上、剥落止めを施し、剥落・退色の著しい部分については掻き落としの上、塗り直します。
観音堂内陣、外陣の天井絵については、洗浄の上、剥落止めを施します。

(3)漆塗修理
観音堂内陣全てと状態の良い部分については、掻き落としを行わず上直しを行い、その他の剥落、退色の著しい部分については、掻き落としの上、塗り直おします。

(4)金具修理
失われている金具は、古い金具に倣い作り直します。修理する金具は、歪みなどを直し、金箔を押し直します。

重要文化財宝厳寺渡廊について

唐門
指定年月日 明治34年(1901)3月27日
構造形式 一間一戸向唐門、檜皮葺
建立年代 慶長8年(1603年)〔棟札〕
建物の特徴  唐門は観音堂の西側に建ち、背面は観音堂に繋がっています。京都東山の豊国廟の唐門または極楽門を移築したと伝わるもので、極楽門が大坂城から豊国廟へ移築されたという説が強くなっており、秀吉時代の大坂城の唯一の建物と考えられ注目されています。慶長期の島内諸建築復興時に移築され、慶長8年(1603)に建立されました。妻や桟唐戸およびその両脇などに大胆な意匠の彫刻をはめ込み極彩色をほどこしています。建物全体は黒漆塗を主とし飾金具や極彩色の彫刻などで飾った華麗な門で、豪華絢爛な桃山時代の建築を代表する唐門です。
観音堂
指定年月日 明治34年(1901)3月27日
構造形式 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、檜皮葺
建立年代 慶長8年(1603年)〔棟札〕
建物の特徴 観音堂は、唐門の東側に建ち、更に東側に渡廊が連なります。建立は唐門と同時期の慶長8年(1603)と考えられています。傾斜地に建つことから床下に長い柱を立てて建物を支えているため、部分的に懸造(カケヅクリ)となっています。桁行五間、梁間四間の中心部分の周囲に縁を廻し、縁先柱を軒までのばして囲いとし、窓を設けています。中心部分は南側一間通りを外陣、北側を一室の内陣として本尊の千手観音立像(鎌倉時代)を安置しています。床下まで柱に黒漆が塗られていることから移築されたことは明らかで、唐門と共に豊国廟から移されたと伝えられています。
渡廊
指定年月日 明治34年(1901)3月27日
構造形式 高屋根:桁行二間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺
低屋根:桁行八間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺
建立年代 慶長8年(1603年)〔棟札〕
建物の特徴 重要文化財の宝厳寺渡廊は、唐門などと同様に、慶長8年(1603)の建立であると考えられています。
宝厳寺観音堂から都久夫須麻神社に至る屋根付きの幅一間の廊下で、桁行八間の低屋根と桁行二間の高屋根に分かれるています。天井は垂木を見せる勾配形の化粧屋根裏で、柱間に連子窓を配します。
豊臣秀吉が朝鮮出兵に使用した御座船日本丸の船櫓の材料を用いて建てたという伝承から「船廊下」と呼ばれています。
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